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大阪地方裁判所 平成9年(行ウ)81号 判決 2000年7月27日

原告

原告

原告

原告

原告

原告ら訴訟代理人弁護士

熊谷尚之

高島照夫

石井教文

池口毅

佐藤吉浩

被告

豊能税務署長 奥田順

被告指定代理人

比嘉一美

山本弘

小谷宏行

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求

一  被告が原告らに対して平成八年一月二三日付けでした平成五年一〇月一三日の相続開始に係る相続税の更正処分のうち、別表1の「修正申告」欄の各「課税価格」及び「納付すべき税額」欄記載の金額を超える部分を取り消す。

二  被告が原告甲に対して平成八年一月二三日付けでした過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

第二事案の概要

一  本件は、原告らが、己の死亡により開始した相続(以下「本件相続」という。)に係る相続税について、被告がした更正処分(原告甲については、これに加えて過少申告加算税賦課決定処分)の取消しを求めている事案である。

原告らが本件相続により取得した財産のうち、亀岡市西別院町神池平ノ谷所在の田、二二四九平方メートル(以下「本件土地」という。)について、平成八年法律第一七号(以下「本件改正法」という。)による改正前の租税特別措置法(以下「措置法」という。)六九条の四の規定(相続開始前三年以内に取得等をした土地等又は建物等についての相続税の課税価格の計算の特例。以下「本件特例」という。)が適用されるべきか否かが争点となっている。

二  関係法令の定め

1  相続税においては、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時(相続については相続開始の時)における時価により評価するのが原則であるが(相続税法二二条)、本件特例は、個人が相続により取得した財産のうちに、その相続開始前三年以内に被相続人が取得又は新築をした土地等又は建物等(被相続人の居住の用に供されていた土地等又は建築物ほか一定の要件に該当するものは除く。)がある場合には、同法一一条の二に規定する相続税の課税価格に算入すべき価額等については、同法二二条の規定にかかわらず、その土地等又は建物等の取得価額として政令で定めるものの金額(土地等にあっては、その土地等の取得に要した金額及び改良費の合計額をいう(措置法施行令(ただし、平成八年政令第八三号による改正前のもの。)四〇条の二第三項)。)とすること等を内容とする租税特別措置を定めたものであり、昭和六三年法律第一〇九号により創設されたものである。

2  本件特例は、本件改正法により廃止されたが、平成八年一月一日前に相続により取得した本件特例に規定する土地等でその適用に係る相続が同日前に開始したものに係る相続税については、原則として、従前の例によることとされている(本件改正法附則一九条一項)。ただし、個人が平成三年一月一日から平成七年一二月三一日までの間に相続により取得した本件特例に規定する土地等でその適用に係る相続が当該期間内に開始したものを有する場合における相続税法の規定による当該個人に係る相続税額(ただし、各種の税額控除前の相続税額をいう。)は、措置法七〇条の六第二項の規定の適用がある者以外の者の場合、次のア、イのいずれか少ない金額とすること等を内容とする経過措置(本件改正法附則一九条三項、以下「本件経過措置」という。)が設けられた。

ア 当該個人に係る当該土地等及び当該建物等について本件特例の適用があるものとして相続税法一五条から一七条までに定めるところにより算出した金額(当該個人が同法一八条の規定の適用がある者である場合には、同条の規定を適用して算出した金額)

イ 当該土地等について本件特例の適用がなく、かつ、本件特例に規定する建物等について本件特例の適用があるものとした場合における当該個人に係る相続税法一五条一項に規定する相続税の課税価格に相当する金額に一〇〇分の七〇の割合を乗じて算出した金額

三  前提となる事実(当事者間に争いのない事実等)

1  己は、箕面市白鳥所在の田、五〇〇・〇九平方メートルを所有し、農業を営んでいたが、平成二年四月一七日、公有地の拡大の推進に関する法律六条が定める協議に基づき、箕面市土地開発公社に対し、右土地を代金二億二九一九万一二四七円で売却した。

己は、売却した右土地の代替土地として、平成二年一〇月三日、庚との間で、同人から本件土地を七九五九万七三〇〇円(諸費用二五九万七三〇〇円を含む。)で買い受ける旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、同月一〇日、庚に対し、本件売買契約の手付金として八〇〇万円を交付した(乙二、六)。

己及び庚は、同月一五日付けで、京都府知事に対して、本件土地に関し農地法三条に基づく所有権移転の許可申請を行い、同年一二月四日付けで右許可を取得した(乙四)。己は、その後の同月一二日、庚に対して残代金の支払をし、同日の売買を原因として、本件土地について所有権移転登記を備えた(乙五)。

2  己は、平成五年一〇月一三日、死亡し、原告らがこれを相続した。

なお、本件相続に関する遺産分割協議において、原告甲が本件土地を取得することとなった。

3  原告らは、被告に対し、平成六年五月一一日、別表1「当初申告」欄記載のとおりの相続税の申告を、平成七年一二月四日、同表「修正申告等」欄記載のとおりの修正申告をそれぞれ行い、被告は、右修正項目に対し、同欄記載のとおりの過少申告加算税の賦課決定処分をした。

4  被告は、平成八年一月二三日付けで、原告らに対し、同表「更正処分等」欄記載のとおりに更正処分(以下「本件更正処分」という。)を行うとともに、原告甲に対し、過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい、本件更正処分と合わせて「本件原処分」という。)を行い、原告らは、同月二四日、右各処分の通知を受けた。

5  本件更正処分は、本件土地が本来、本件特例の適用を受けるべき土地であるとの前提で、本件経過措置を適用して相続税額を定めたものである。その結果、原告甲の相続税額は、本件特例の適用がある場合と同じ税額になった。

すなわち、本件土地を取得した原告甲に係る相続税の各種税額控除の額を控除する前の金額を計算すると以下のとおりとなり、いずれか少ない金額として、ア記載の額となる。

ア 本件特例の適用があるものとして相続税法一五条から一七条までに定めるところにより算出した金額

一億二四一九万四一二七円

イ 本件土地について、本件特例の適用がないものとした場合における原告甲に係る相続税法一五条一項に規定する相続税の課税価格に相当する金額に一〇〇分の七〇の割合を乗じて算出した金額(別表2)

二億五五七八万三八五八円

したがって、原告甲について、本件経過措置を適用しても、結局、本件経過措置を適用する前の金額、すなわち、本件特例を適用した場合の金額となるから、本件土地は己の取得価格である七九五九万七三〇〇円が原告甲の相続税の課税価格に算入される価格となる。

6  これに対し、本件土地について、本件特例が適用されないとすると、その相続税の課税価格は、相続税法二二条の原則どおり、相続時における時価を財産評価基本通達(昭和三九年四月二五日付直資五六ほか。平成六年二月一五日付課評二―二による改正前のもの。以下「評価通達」という。)が定める倍率方式により算定した四〇四万八二〇〇円である。

なお、鑑定の結果によれば、本件相続開始時における本件土地の時価は二〇二四万一〇〇〇円である。

7  本件相続に関する本件土地以外の課税価格及び相続税の計算については、別表3ないし6のとおりである。

すなわち、本件においては、原告甲の取得した本件土地の課税価格に争いがあるため、原告らすべてに関し、課税させる遺産総額に争いがあることになり、したがって、原告らの法定相続分に応じる金額に争いがあることになるし、原告甲の取得財産の合計額に争いがあるために農業投資価格による原告ら各人の算出税額にも争いがあることになる。

なお、原告甲に係る本件賦課決定処分は、本件更正処分を前提として国税通則法六五条一項に従い過少申告加算税を賦課したもので、その余の原告らについては、過少申告加算税の額が五〇〇〇円未満であるため、同法一一九条四項により全額が切り捨てられた。

8  原告らは、本件更正処分を、原告甲は、それに加えて本件賦課決定処分をそれぞれ不服として、平成八年三月二二日、被告に対し、異議を申し立てたが、被告は、同年六月一一日付けで、右各異議申立てを棄却する旨の決定をし、右意義決定書の謄本は同月一二日に原告らに送付された。

9  そこで、原告らは、平成八年七月一〇日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同所長は、平成九年六月三〇日付けで右審査請求を棄却する旨の裁決をし、右裁決書の謄本は、同年七月五日に原告らに送付された。

四  争点

1  本件特例が憲法一四条一項又は二九条に違反するか

2  本件土地について本件特例を適用することが憲法一四条一項又は二九条に違反するか

3  己が本件土地を取得したのが本件相続開始の三年以内か

五  争点に関する当事者の主張

1  争点1(本件特例が憲法一四条一項又は二九条に違反するか)について

(一) 原告らの主張

(1) 本件特例は、いわゆるバブル経済下で、地価が短期間のうちに異常に高騰した結果、評価通達による不動産の評価額が実勢価額を大きく下回る事態が生じ、一部の納税者の間で、その事態を利用して、借入金によって不動産を取得して相続財産の評価額を圧縮し、将来の相続税負担を回避するという行為が横行していたことから、そのような租税回避行為を防止するために制定されたものであるが、単なる租税回避行為に対する制裁ということから離れ、租税回避目的の有無にかかわらず相続税開始前三年以内に取得した不動産をその取得価格によって評価することとし、実質的には、被相続人の不動産取得時の価格を路線価格による評価額に代わる合理的な評価額として位置づけた規定である。

(2) そうすると、本件特例は、個々の不動産ごとに見ても著しい価格の下落が起こらないといえるほどに一般的な地価水準が上昇しつつあるという社会経済的背景が存在するという前提の下ではじめてその合理性を維持し得るものである。

(3) しかしながら、その後、いわゆるバブル経済の崩壊に伴い、本件特例が制定される背景となった地価の急騰という社会経済的事実は急速に消失し、時価は平成二年をピークに値下がりに転じ、平成三年後半からは暴落を始めた。

このような場合に本件特例を適用すると、不動産の相続については他の資産を相続した場合に比して税負担が過大となって不平等が生じる上、特に不動産価格の下落が顕著な場合には、相続人は相続により取得した財産の価値以上の税負担を強いられるという極めて不合理な事態を生じさせることになる。

(4) 本件相続が開始した平成五年一〇月一三日の時点においては、不動産の時価が取得価格を大幅に下回る事態が発生しており、現に本件土地についても、己の取得時に比べ、相続時には二〇分の一程度まで急落する状況であった。このことからすると、本件相続時には、本件特例の合理性を支えていた不動産価格の高騰が完全に消失していたことは明白である。本件特例は、その立法目的を達成する手段として著しく合理性を欠くものであったといわざるを得ず、遅くとも本件相続開始時には、本件特例自体が憲法一四条一項又は二九条に違反し、無効であったというべきである。

(二) 被告の主張

(1) 昭和六〇年代に入り、地価の高騰の著しい地域において、不動産の実勢価額と相続税評価額との乖離に着目して、借入金により不動産取得を行うという形での税負担回避行為が横行し、租税負担の公平上看過し得い問題が生じていた。

そこで、こうした税負担回避行為を抑制する趣旨・目的で、昭和六三年末の税制の抜本的改革の際に、相続開始前三年以内に取得した不動産については、その取得価格をもって課税価格とする旨の本件特例が創設された。

(2) 本件特例については、近年においてはその適用件数が大幅に減少するなどその存在意義が失われつつあると考えられたこと、平成七年一二月に出された「平成八年度の税制改正に関する答申」において「この特例を直接地価動向と結び付けて議論することは適当でないが、最近では、相続開始直前に土地等を取得して相続税の負担軽減を図ろうとする行為は見受けられなくなってきていることから、この特例は、廃止の方向で検討することが適当である。」との指摘がされたことから、平成八年度税制改正において、本件改正法をもって廃止された。

また、本件特例の廃止前の相続であるため本件特例が適用され、そのため結果的に相続税の負担が上昇することになったとしても、その相続税額が、本件特例の適用がないとした場合の相続税の課税価格に相続税の最高税率である七割を乗じた額を超えないようにすることが望ましこと等から、本件特例の廃止措置に伴い、同法附則一九条三項により、相続等により財産を取得した個人が、平成三年一月一日から平成七年一二月三一日までの間に相続により財産を取得した土地等で本件特例の対象となる土地等を有する場合につき、前記の本件経過措置が設けられた。

(3) 租税は、国の経済施策等と密接な関係を持つとともに、複雑かつ技術的な性格がある。そのため、憲法三〇条は、国民は法律の定めるところにより納税の義務を負う旨、憲法八四条は、新たに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする旨規定し、個々の具体的課税要件の定立については立法機関である国会に委ねることとしている。したがって、租税についての規定が憲法二九条に違反するといい得るのは、その立法目的が明らかに不合理である場合に限られる。

また、憲法一四条一項は、国民に対して絶対的な平等を保障したものではなく、合理的な理由なくして差別することを禁止する趣旨であって、国民各自の事実上の差異に相応して法的な取扱いを区別することは、その区別が合理性を有する限り、何ら右規定に違反するものではない(最大判昭和六〇年三月二七日・民集三九巻二号二四七頁参照)。

(4) 本件特例は、被相続人の居住の用に供されていた土地等又は建物等、収用等に伴い取得した代替資産等については適用を除外するなどしていて、税負担が苛酷になることがないよう配慮されており、その規定内容が立法目的との関連で合理性を欠くものということはできない。

(5) 本件特例は、前記のとおりの立法目的を有し、その立法目的及びその内容は合理的なものであるから、本件特例は憲法一四条一項、二九条に違反しない。

2  争点2(本件土地について本件特例を適用することが憲法一四条一項又は二九条に違反するか)

(一) 原告らの主張

(1) 己の相続開始時である平成五年一〇月一三日当時における本件土地の相続税の課税価格は、評価通達が定める倍率方式により算定すると、四〇四万八二〇〇円となる。これは、当時の経済情勢及び不動産取引の実情からすると、本件土地の適正な時価を反映したものである。

本件土地の取得価格である七九五九万七三〇〇円と右相続開始時の本件土地の時価である四〇四万八二〇〇円とは、二〇倍近い極端な乖離が生じている。かかる状況において、本件特例を適用し、本件土地を取得価格で評価した場合、本件土地に対して課される相続税額は、三三一二万二八〇〇円となり、本件土地の鑑定評価額(二〇二四万一〇〇〇円)をも大きく上回る結果となる。

つまり、取得価格が相続開始時における時価を明らかに上回っている本件土地について本件特例を適用し、相続開始時の時価を超過する部分も課税の対象とすれば、著しく不合理な結果が生じることは明らかであり、特に本件土地の時価を上回る課税処分がされる結果となることからすると、本件土地について本件特例を適用することは、憲法の定める平等原則や財産権の保障に違反するものというべきである。

(2) この点、本件経過措置は、本件特例を適用した場合の不都合を一定の範囲で回避しようとしているものの、相続財産を構成する個々の資産についてではなく、納税者ごとの算出納税額を基準にした場合の不合理を回避しようとしているにとどまり、本件のように、本件特例の適用により当該土地のみに係る相続税額が当該土地の相続時における実勢価額を上回る場合でも、相続財産の価格全体に占める土地の価格の割合が低く、相続財産全体に係る税額(各種の税額控除前の税額。この項において同じ。)が相続財産全体の価格の七〇パーセントを超えない場合には、本件特例を適用した結果算出された取得価格を課税価格とするとしている。

しかしながら、相続財産の評価は、遺産を構成する財産を個別具体的に評価、積算することによって確定されるべきものであり、個々の財産を基準として不合理性を判断すべきであり、本件経過措置はかかる基本原則をふまえていないものである。たとえ相続財産全体に係る税額が相続財産全体の価格の七〇パーセントを超えない場合であっても、本件特例の適用により当該土地のみに係る相続税額が当該土地の相続時における実勢価格を上回る場合には、納税者間に不平等が生じて憲法の定める平等原則に反する上、財産権を不当に侵害して憲法の定める財産権の保障に反することから、合理性がないことは明らかである。

(3) また、己は本件土地を営農のために取得したのであり、税負担回避の意図は存在しないし、収用等に伴う代替遺産については本件特例の適用が除外されているにもかかわらず、公有地の拡大の推進に関する法律六条による協議に基づいて買い取られた土地の代替資産である本件土地について本件特例を適用するのは、己が箕面市土地開発公社の要請に協力的であったばかりに本件特例の適用を受けることとなり、不合理である。

(二) 被告の主張

(1) 原告甲の本件相続税の各種税額控除の額を控除する前の金額は、本件特例を適用することによって、税負担が過大となる事態を救済するために創設された本件経過措置を適用しても同じであり、本件特例によって原告らが過大な税負担を課されているものではないため、原告らに本件特例を適用することは合憲である。

(2) 原告らは、本件土地が相続財産でないと仮定した場合の相続税額と本件更正処分による相続税額との差額三三一二万四八〇〇円が本件土地に課される相続税額であると主張し、これが本件土地の鑑定評価額二〇二四万一〇〇〇円をも上回っていることをとらえて、本件特例を適用することが憲法二九条及び一四条一項に違反する旨主張する。

しかし、相続税の課税は、各取得財産額に直接税率を適用して各財産取得者の税額を算出するものではないから、そもそも特定の相続財産に対応する相続税額というものを観念することができず、原告らの主張は失当である。

(3) 仮に本件特例を適用することが憲法に違反することがあり得るとの見解に立つとしても、その憲法適合性の判断に当たっては、本件特例を適用した場合に原告らが負担する相続税額と原告らが本件相続により取得した財産全体の相続開始時の時価(相続税評価額)とを対比し、前者が後者を上回る場合にはじめて本件特例の適用が著しく合理性を欠くと評価しうる可能性が生じるにすぎない。本件においては、本件特例を適用した場合に原告甲が負担する相続税額は一億二四一九万四一〇〇円、その余の原告らが負担する相続税額はそれぞれ六一万〇一〇〇円であり、これに対し、原告甲が本件相続により取得した本件土地以外の財産の相続開始時の時価(相続税評価額)は三億六二四七万二五四七円、その余の原告らが本件相続により取得した財産の相続開始時の時価(相続税評価額)はそれぞれ二五二万六六四二円であるところ、仮に本件土地の時価が前記鑑定評価額の二〇二四万一〇〇〇円であったとしても、原告甲が本件相続により取得した財産の相続開始時の時価は三億八二九八万三五四七円であって、原告甲の負担する相続税額一億二四一九万四一〇〇円が右相続財産全体の時価を超えないことは明らかである。更に、原告甲の右相続税額が、取得した相続財産全体の右時価に占める割合は約三二パーセントにすぎず、本件課税規定部分の一〇〇分の七〇の上限を大きく下回っている。

3  争点3(己が本件土地を取得したのが本件相続開始の三年以内か)について

(一) 原告らの主張

本件特例は、相続開始前三年以内に取得した不動産について、その取得価格をもって課税価格とすると定めるが、農地について本件特例を適用する場合は、農地の取得時期は、農地法三条の許可がされたときではなく、その売買契約を締結した時期とすべきである。

すなわち、本件特例は、不動産を取得することにより相続税を回避しようとする行為が通常相続開始前三年以内に行われていることから、その適用の対象を相続開始前三年以内の不動産取得としており、また、売買契約が締結されれば不動産は「ストック」から「フロー」の状態に入り、当該契約で形成された取引価格をもって当該不動産の「取得の時における時価」(相続税法二二条)と評価可能であることから、契約価格である取得価格をもって課税価格としている。これらの本件特例の規定の趣旨からすると、本件特例の適用の有無を決する基準時は、不動産についての取得契約の締結時とすべきである。確かに、農地については、知事の許可が所有権移転の法定条件とされているが、右にみた本件特例の規定の趣旨からしても、また、許可の時期は売買当事者の意思とは無関係に偶然の事情に左右されるものである(本件においても、申請時期が農繁期に当たったために許可が遅れた。)ことからしても、右許可の時期をもって本件特例の適用の有無を決する基準時とすることはできない。

本件土地についてみるに、己の相続が開始したのが平成五年一〇月一三日であり、他方、本件売買契約が締結されたのが平成二年一〇月三日であることから、本件土地は相続開始の三年以上前に取得されたものであり、これについて本件特例の適用はない。

(二) 被告の主張

本件土地は農地であるところ、農地の所有権移転に際して必要とされる農地法三条所定の移転許可の性質は、当事者の法律行為を補充してその法律上の効力を完成させるものであり(最三小判昭和三八年一一月一二日・民集一七巻一一号一五四五頁)、右許可がない限り当該法律行為の効力は生じないものとされている。

本件土地については、己は、平成二年一〇月三日に庚との間で本件売買契約を締結しているものの、農地法三条所定の移転許可を受けたのは同年一二月四日、残代金の支払及び所有権移転登記がされたのは同月一二日であるから、己が本件土地の所有権を取得したのは同月四日以降である。

したがって、己が本件土地を取得した時期は、相続開始である平成五年一〇月一三日から三年以内であり、本件特例の適用の対象となる。

第三当裁判所の判断

一  争点1(本件特例が憲法一四条一項又は二九条に違反するか)について

1  租税は、今日では、国家の財政需要を充足するという本来の機能に加えて、所得の再分配、資源の適正配分、景気の調整等の諸機能をも有しており、国民の租税負担を定めるについて、財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とするばかりでなく、課税要件等を定めるにつき、極めて専門技術的な判断を必要とすることも明らかである。これらの点に照らすと、租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断にゆだねるほかはなく、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ないものというべきである。

したがって、裁判所は、租税法の規定が憲法一四条一項や二九条に違反するか否かを判断するに当たっては、基本的には立法府の裁量的判断を尊重し、その立法目的が正当なもので、その立法による具体的な規定内容が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、その合理性を否定することができず、これを憲法一四条一項や二九条に違反するものということはできないものと解するのが相当である(前掲最大判昭和六〇年三月二七日参照)。

2  そこで、本件特例の立法目的及び規定内容について検討する。

証拠(乙九、一七ないし二〇)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

相続税の財産評価は、評価通達に従って行われているが、相続税課税における土地の評価水準は、課税上の評価であること、評価の安全性等の見地から、従来から、公示価格や市場価格(実勢価額)に比べて低い水準に押さえられてきた。しかし、昭和六〇年代当初、地価高騰の結果、不動産の相続税評価額と実勢価額との乖離が顕著になり、その価額の乖離を利用して、相続直前により借入金により不動産を取得することにより相続税の負担回避を図る事例が多くみられ、税負担の公平上看過し難い問題となっていた。すなわち、右の方法で不動産を取得した場合、借入金は債務として全額控除されることとなるが、他方、取得した不動産は路線価等による評価額で評価されるため、右借入金額と右不動産の評価額との差額は他の相続財産から控除されることとなり、不動産を取得しなかった場合に比べて相続税負担が軽減される結果となるのである。同様の結果は、借入によらずに手持現金や他の金融資産の売却等により不動産を取得する場合にも生ずる。

このような相続税の負担回避の問題については、昭和六一年一〇月二八日の税制調査会の「税制の抜本的見直しについての答申」(乙一七)において、制度面を含め何らかの対応策を検討すべきであるとの意見が述べられ、昭和六三年四月二八日の税制調査会の「税制改革についての中間答申」(乙一八)においても、借入金による不動産取得等の相続税の負担回避行為について、税負担の公平を確保する観点から必要な対応策を講ずべきことが提言された。

また、地価適正化等土地対策の関連でも、昭和六三年六月一五日の臨時行政改革推進審議会の「地価等土地対策に関する答申」(乙一九)において、土地対策の一環として土地税制の活用が取り上げられ、その中で借入金による土地取得等を通ずる税負担回避行為に対処し、あわせて、土地の仮需要を抑制するため、所要の税制上の歯止め措置を検討すべきことが提言され、右答申を受けて同月二八日閣議決定された政府の「総合土地対策要綱」(乙二〇)において、右の税制上の歯止め措置を講ずることが決定された。

右のような経緯により、借入金による不動産取得の場合に限らず、例えば、金融資産の売却による不動産取得の場合も念頭に置き、不動産の相続税評価額と実勢価額との乖離を利用した税負担回避行為に対処し、税負担の公平を確保するため、昭和六三年末の税制の抜本改革の際に、被相続人が相続開始前三年以内に取得又は新築をした土地等又は建物等については、相続税評価額ではなく、取得価額により課税することを内容とする本件特例が租税特別措置として制定された。

3  右認定のとおり、本件特例の立法目的は、不動産の相続税評価額と実勢価額との乖離を利用した税負担回避行為が横行している状況において、これに適切に対処し、税負担の公平を確保することにあるが、公平な税負担は租税法の基本原則というべきものであり、本件特例の立法目的は正当なものということができる。

4  本件特例の規定内容についてみれば、本件特例は、被相続人が相続開始前三年以内に取得又は新築をした土地等又は建物等について取得価額により課税することを定めるものであり、これによって、相続税評価額と実勢価額との乖離を利用した税負担回避行為を抑止し、税負担の公平を確保することが可能となるものである。また、本件特例は、被相続人の居住の用に供されていた土地等又は建物等については適用を除外するなどしていて、税負担が苛酷となることがないような配慮もされており、その規定内容が立法目的との関連で合理性を欠くものということはできない。

5  原告らは、いわゆるバブル経済の崩壊に伴い、本件特例の合理性を支えていた不動産価格の高騰という社会経済的事実が消失したとか、本件特例はその立法目的を達成する手段として著しく合理性を欠いていたと主張する。

しかし、証拠(乙一七ないし二一)及び弁論の全趣旨によれば、本件特例は土地の相続税評価額と実勢価額との乖離に着目した相続税の回避負担行為の横行という実態に対応するための措置であり、地価上昇時のみを念頭において創設されたものではないこと、平成八年度の税制改正に関する答申においても本件特例を直接地価動向と結び付けて議論することは適当でない旨述べられていること、本件特例が廃止されたのも、右のような相続税負担回避行為の横行が見受けられなくなり本件特例の適用件数が大幅に減少したためであり、地価の下落を直接の原因とするものではないことが認められ、本件特例は地価の継続的上昇を立法事実として要求するものではなく、地価が下落傾向にあることをもって本件特例の立法目的が合理性を失うものでもない。また、本件特例の廃止と同時に本件経過措置が設けられ、平成三年一月一日以降の相続について本件特例を適用することによる著しい不合理が生じないように手当がされていたことをも考慮すると、本件特例は、地価が下落傾向に転じたからといって、直ちに前記の立法目的を達成する手段として著しく合理性を欠くに至ったということはできない。

なお、弁論の全趣旨によれば、地価は、平成二年以降、東京、大阪といった大都市及びその周辺部においては下落、沈静化傾向を見せていたが、多くの地方圏ではいまだに上昇傾向が続いており、本件土地の存する亀岡市の市街化調整区域内の土地(住宅地)の地価公示価格と基準地価格を見ても、平成二年から本件相続の開始した平成五年までの間に八・六四パーセントないし二二・四四パーセントの上昇を示していることが認められる。

6  以上によれば、本件特例は憲法一四条一項、二九条に違反するものとはいえない。

二  争点2(本件土地について本件特例を適用することが憲法一四条一項又は二九条に違反するか)について

1  原告らは、相続財産のうちある特定の財産を相続しなかったものとして算出した相続税額と、当該財産をも含めて相続したものとして算出した相続税額との差額が、当該財産に対する相続税額であるとして、本件特例を適用した場合の右の意味における本件土地に対する相続税額が本件相続開始時の本件土地の時価(鑑定評価額)を上回ることは、著しく不合理であり、本件特例を適用することは違憲であると主張する。

しかし、相続税額は、各財産取得者の取得した相続財産の価額からその者の負担すべき被相続人の債務及び葬式費用等を控除して各財産取得者の課税価格を算出した上、同一の相続人からの財産取得者全員の課税価格をいったん合計し、ここから遺産に係る基礎控除額を控除し、これを法定相続人が法定相続分に応じて取得したと仮定して取得財産額を出し、これに税率を乗じた税額の総額を実際の各財産取得者の取得財産の割合に応じて按分して算出するものとされているのであり(相続税法一一条ないし二二条)、相続等により取得した各財産の価格に直接に税率を適用して税額を算出するものとはされていない(乙二二)。また、税額控除の点を度外視するとしても、取得財産額全体に応じて累進税率を適用する仕組みが取られているのであるから、財産が追加されると税率が変化することになるので、個々の相続財産につき原告ら主張のような方法により算出した相続税額を積算した総和が本来の相続税額に合致するものではない。結局、現行の相続税額の算出方法を前提とすると、特定の相続財産に対応する相続税額というものを観念することはできない。

原告らの主張は、結局のところ、本件特例を適用した場合の本件土地の相続税評価額が相続時の時価を大きく上回るために、原告らの相続税額の負担が著しく過重になるとして、その不合理を主張するものに帰する。

2  相続税額が右のような方法により算出されることからすると、仮に本件特例を適用することが憲法に違反することがあり得るとしても、それは本件特例を適用した場合に原告らが負担する相続税額と原告らが本件相続により取得した全財産の相続開始時の時価合計額を対比して著しく不合理な結果が生じるか否かによって判断すべきである。

本件においては、本件特例を適用した場合に原告甲が負担する相続税額は、被告が主張するように、一億二四一九万四一〇〇円、その余の原告らが負担する相続税額はそれぞれ六一万〇一〇〇円であり、これに対し、原告甲が本件相続により取得した本件土地以外の財産の相続開始時の時価(相続税評価額)は三億六二四七万二五四七円、その余の原告ら(本件土地を相続により取得していない)が本件相続により取得した財産の相続開始時の時価(相続税評価額)はそれぞれ二五二万六六四二円であるところ、仮に本件土地の時価が前記鑑定評価額の二〇二四万一〇〇〇円であったとしても、原告甲が本件相続により取得した財産の相続開始時の時価は三億八二九八万三五四七円であって、原告甲の負担する相続税額一億二四一九万四一〇〇円が右相続財産全体の時価を超えないし、原告甲の右相続税額が、取得した相続財産全体の右時価に占める割合は約三二パーセントにすぎない。

3  また、原告らは、己が本件土地を営農のために取得したのであり、税負担回避の意図は存在しないこと、収用等に伴う代替資産については本件特例の適用が除外されているにもかかわらず、公有地の拡大の推進に関する法律六条による協議に基づいて買い取られた土地の代替資産である本件土地について本件特例を適用するのは、己が箕面市土地開発公社の要請に協力的であったばかりに本件特例の適用を受けることになり、不合理である旨主張する。

しかしながら、本件特例の適用に当たっては、外部から判断することの容易でない税負担回避の意図の有無という主観的容態を判断基準とすべきものではないし、公有地の拡大の推進に関する法律六条による協議に基づく買取りは、土地所有者の意図に反する所有権移転でないから、本件土地について本件特例を適用したのが不合理であるとはいえない。

三  争点3(己が本件土地を取得したのが本件相続開始の三年以内か)について

1  原告らは、本件土地の売買契約締結日から相続発生までは三年を超えているから、本件特例を適用すべきでない旨主張する。しかし、租税特別措置法通達六九条の四―三(乙八)によれば、本件特例の適用基準である土地の取得時期は、譲渡所得税の課税の基準日と同様、原則としてその引渡しを受けた日をいうものとされ、農地については、農地法三条の許可は農地の所有権移転についての効力発生要件であるから、原則として右許可のされた日を基準に三年経過の有無を判断すべきものとされており、右取扱いは合理的なものであるということができる。売買契約締結の日をもって取得時期とすべきであるとの原告らの主張は、採用することができない。

2  己は、本件土地について、平成二年一〇月一五日に京都府知事に対して農地法三条に基づく所有権移転の許可申請をし、同年一二月四日に右許可がされ(乙四)、同月一二日に己から売主の庚に対して残余金及び諸経費の支払がされたものである(乙五、六の1ないし3)。してみると、己は、本件相続の開始した平成五年一〇月一三日から三年以内に本件土地を取得したものというべきである。原告らは、農繁期であったために農業委員会が開かれず、農地法三条所定の許可が遅れた旨主張するが、通常であれば相続開始の三年前に右許可が得られるであろう時期に右許可の申請をしたにもかかわらず被相続人あるいは原告らの責に帰すべからざる事由により右許可が遅れた場合には、右の原則的取扱いに対する例外を許容すべきであるかどうはともかく、本件において己が右許可の申請をしたのは、本件相続の開始から三年以内なのであるから、原告らの主張は採用できない。

3  したがって、本件原処分が、己が本件土地を取得したのが本件相続開始の三年以内であるとして本件特例を適用したのは、適法である。

四  以上によれば、原告らの請求はいずれも理由がないから、棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下郁夫 裁判官 青木亮 裁判官 坂本浩志)

別表1

課税の経緯

<省略>

別表2

経過措置による税額等の計算書

<省略>

別表3

課税価格及び相続税の総額の計算明細表

<省略>

別表4

土地等の内訳表

<省略>

別表5

各人の相続税額の計算明細表

<省略>

別表6

農業投資価格による相続税等の計算明細表

<省略>

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